(一部抜粋)

新入りの信者が一人、A棟に配属されると聞いて、俺はただ「ああ、またか」とだけ思った。『不可視の力』欲しさに己の意思を放棄した忌々しいでく木偶人形がまた一体、数を増やすだけのことだ。だったらいっそ、あのマネキン女と二人きりのままでいた方がまだましだった。

長い髪をした制服姿の少女が搬入係の男に連れられて通路を歩いてくるのを、俺はうんざりした気分で眺めた。短いスカートからすらりと伸びた脚に一瞬目を奪われかけたが、このA棟では『精錬』が無いのだということをすぐに思い出して視線を逸らした。絶対に手を出すことのできない女相手に、欲情するだけ馬鹿ばかしい。俺は搬入係との引継ぎをさっさと済ませると、あてがわれた個室に案内するために少女に声をかけた。少女が顔を上げ、俺と少女の視線が交わる。

そして、俺はそのまま目を離すことができなくなった。

FARGOの信者はほとんどが若い女で、未成年も少なくなかった。目の前の少女も、おそらくはまだ高校生だったが、ここでは特に珍しい存在ではなかった。

だが、彼女は他の信者なんかとはまるで違っていた。真っ直ぐに俺を見る、深く澄んだ色をした目は、怠惰と無気力の積み重ねでできた俺のこれまでの人生までも見徹しているかのようにさえ思えた。C棟の女達の濁った目とはもちろん、マネキン女の無機質なガラス玉みたいな目とも違うそれは、俺が忘れて久しい、自らの意思のもとに今という時間を生きているものの目だった。

半ば呆然と少女の目に見入るうちに、俺の胸に腑がねじ切れるような妬ましさがこみ上げてきた。そんな目をしているからといって一体どうだというのだ。お前と俺達のどこが違うというのか。どうせお前も他の信者の女どもと同じで、『不可視の力』を手に入れて優越感に浸りたいだけの、そんなものに縋らなければ生きていけない、ただの惨めな敗残者じゃないか。ここがどういう所だか思い知ればいい。じきにお前も腐った目をした生ける屍の仲間入りをするのだ。ざまあみろ。

俺は一瞬、少女を思い切り罵倒してやりたい衝動に駆られたが、辛うじてそれを抑えつけると、少女にあてがわれた個室のドアを指して、「ここがお前の部屋だ」と、ぞんざいな口調で言った。「中に入ればいいの」と少女が尋ね、俺はそうだと答えた。ドアを開き、少女は部屋に入った。

ドアが閉じてから、俺はもう一度引継ぎの書類に目を落とした。実験体A‐12。天沢郁未――それが彼女の名前だった。その時になって初めて、俺は彼女がとても美しい少女だったことに気付いた。


その夜、俺は久しぶりに自慰に耽った。

実験体A‐12――天沢郁未。彼女について語ることは、俺自身について語ることだ。

何故なら、彼女と出会うまで、FARGOに拾われる前も、その後も、俺は生きながら死んでいたからだ。

真の意味での絶望さえ、俺の中には無かった。

あるいは、あったとしても俺はそれに気付くことさえできなかったのかもしれない。


(「壜の中のメッセージ」より抜粋)